アトリエ通信(日記)

2021-02-12 16:02:00

パトロンがほしいとずっと思っていたけど、最近、パトロンになりたいと思うようになってきた。その人の作品を見たいからそのためのお金を渡すというのがパトロンかもしれない、けれど、それともちょっと違っていて、あなたが生きている様をずっと見ていたい、だからお金を渡したい、そんな感じだ。ひとりの人が創作するものはすべて作品と呼べるし、そもそも生きていること自体が創作で作品だと思っているから、そこまで惚れ込むことができる人物がいれば自ずとパトロンになりたいと思うのかもしれない。家族のために働く人たちもこんな動機からあんなに必死に働いているのだろうか。最初はそうかもしれないけれど、働き続けるうちに、そんなこと忘れてしまうのかもしれないけれど。

もし自分がパトロンを見つけるとしたならば、パトロンまでいかなくても作品を買ってほしいと思うのなら、ただ売り込めばいいというわけじゃないのだろうな。私がパトロンになりたいと考えるのと同じように、私という人間に惚れ込んでもらうしかないのだろうということに気づいた。惚れる相手なんて一生に一人見つかるかどうかすらわからないようなことなのに。

2021-02-12 15:09:00

日記書くの久しぶり。大体ウーバーしてた。朝も昼も夜も、と言っても昼にいったん帰って家事をするけれど、それさえもきつくてまずは布団に横になって身体を休めてから、最低限やらないとやばいことだけやって、またウーバーに出かける。その日の注文数にもよるけど、大体0時までやる。こんなに仕事をするのは初めてかもしれない。大昔に社員だった頃、もっと仕事してた記憶はあるけれど、誰からも頼まれてもいないのに自らの意思で仕事をするのは初めてだ。ウーバーはいつどこでどのくらい仕事するのかすべて自分で決めることができる。だからなのか、本当に自分のリズムで動くことができる。それが生きているという実感に繋がっている。

昨夜は、年に数回やってくる、ひたすら音楽を聞いて朝まで起きていたいという日だった。そういう日が時折やってくる。その時はその欲求に身を任せるようにしている。なぜこうなるのかわからないけれど、だいたいは、新しい好きな曲ができたときとか、たまらなくいい気分になったときとかかもしれない。昨日は、indigo la Endの夜の恋はという曲の配信日だったので、その曲の影響もあるかもしれない。その曲と、髭男のイエスタデイとI LOVEとAimerのカタオモイとDEEP SQUADのGood Love Your Loveの5曲を延々とリピートして大音量で聴いていた。聴きながら、身体の奥の方から溢れ出てくる行きどころのない愛のエネルギーを帳尻合わせしているような感覚があった。これはたぶん創作に使うのが最適なエネルギーだ。けれど、深夜だし、体力も残ってないので、ひたすら音楽を聴き続けた。時折、うたた寝しつつ朝8時までその儀式は続いた。

2021-02-04 00:02:00

テラスハウスのこと書いたけど、よく考えたら台本とかあったかもだから、きっと裏側では演者たちは演者たちの今この瞬間の感覚を抑えきれずに行動したいろんな出来事があったんだろうなと今思いついた。何だかんだで、皆、本気で生きてる、そんな気がした。

2021-02-03 23:09:00

テラスハウスとか他にどんなのあったか忘れたけど、ああいう感じの番組が好きでよく観てたんだけど、好きな人ができたとして告白するかどうかとか悩むときに、ほとんどの人がその人と付き合えるかどうかとか、自分のことを好きかどうかとか、結婚できるかどうかとかの答えがはっきりとわかってないと告白しないという雰囲気だったなぁというのをふと思い出した。今思うと、すごく違和感を感じる。当時はそこまで思ってなかったけど。見返りがないと愛を表現することが怖いんだろうな。未来に続いていないとだめなんだろうな。恋愛に限らずだけど、先がないからという理由で心惹かれたことを止めてしまうのはすごくもったいないなと最近思うようになった。どう考えても先がないことだったとしても、心惹かれたり魂が震えたということは、それが自分にとって、自分の人生にとって、大切なことだということ。だから未来だけを見て、今を諦めないようにしたい。感動した感覚だけはずっと残る。記憶から消え去ったとしても、その感覚だけはずっと残る。もうそれでいいじゃないかと最近思う。たとえ、後ろ指を刺されるようなことだったとしても、死ぬ間際にきっと思い出してにやけることができると思う。真っ当に生きていって冒険できなかったなという後悔は悲しい。今この瞬間の感覚を優先して生きていけば、真っ当に生きれなかったとしても後悔しない。だって私は今、後悔していないからだ。自分の人生を最初から最後まで知っているのは自分だけ、もし知る人がいれば、最低な人生ですねと言われそうな人生だったけれど、私は意外と楽しく過ごしてきた気がする。そして、今も、他人から見れば、最低な生き方の方を選んで進んでいるのだけれど、これはこれで楽しいのだ。

2021-01-31 00:04:00

今日は一日ウーバーをがんばろうと気合入れて出かけたのだけれど、散々な結果で終わってしまった。散々だったので早めに諦めて気持ちを整えるために帰宅することにした。街なかを自転車で走っていたり、座っていたりするときに、ただ近くを通っているだけの何の関わりもない人にイライラしてしまうことがある。それとか、人混みが苦手な日と逆に人混みが好きな日とあったりする。これって、完全に自分の気持ちのコンディションの問題だ。気持ちに余裕があるかないか。周りの人たちには一切何の原因もない。だから、こういう気分のときは、すぐに引きこもって気持ちを立て直すようにしている。そうすると、不思議と問題だったこととか困っていたことが、問題どころか良かったことにまで変化してしまうことが多い。今日もそんなだった。

 

1 2 3 4 5