不器用な私たちが愛情を持て余していたかつての日々

《作品の解説》
 
登場する「私」はレズビアンです。
性的な表現が多いので苦手な方は読まれないようにして下さい。
ある1人の女性との関係から気付く愛についての考察の物語です。
 
 
 
 
 
 
 
 
その日も私は満たされて家に着くと倒れるように眠り、翌朝は何事もなかったかのように、普通に朝を迎えた。すべては夢だったのかもしれない。
 
 
 
 
当時、レズビアン同士の友人を探すには、レズビアン専用の出会い系サイトがよく使われていた。特に地方では普通に生活していても、全く出会う機会がない。皆、姿を隠してひっそりと暮らしているのだ。だから暇さえあれば、ちょこちょこサイトの掲示板を覗いてた。そんなある日、いつものように、そこに書き込みしてた複数の女の子たちにメッセージを送ってみたりしてた。年齢も属性もよくわからない。住んでいる地域もホントかどうかわからない。ただの暇つぶしだったので、そんなことはどうでもよかった。
 
 
 
返事が驚くほど早かった1人の女性がいた。適当に自己紹介をし合うと、子どもがいる人妻だと言う。その当時は、私もまだ若すぎて、その女性の複雑な事情など理解することなど到底できないでいた。ただ、面倒なことには巻き込まれたくないなというぐらいの気持ちだった。
 
 
 
当時のレズビアンの世界では、今は知らないけれど、人妻だったりバイセクシャルだったり、少しでも男が絡むポジションにいる女の人は、純粋なレズビアンよりも少し下に見られてしまうという空気があった。その影響を受けていた私も、あぁ人妻さんかぁと、適当にメッセージのやりとりをしてた。どうせ遊びなんだろうなと思ってたのかもしれない、所詮私だって遊びだったはずなのに。その女性の抱える気持ちなんて一切想像することもなかった。
 
 
 
メッセージをやりとりしてしばらく経ってからだった。今から会ってみない?というメッセージが来た。彼女が住む街は、ここから高速道路を使っても1時間以上はかかる場所。積極的に会う気分でもなかった私は、ここまで来てくれるならいいけど?と返事を送った。程なくして、じゃあ準備して行くから、23時頃に着くと思う、と返事が来た。まさか来るとは思わず、急いでシャワーを浴びて身支度を済ませた。
 
 
 
待ち合わせに指定した公園の駐車場に行くと、見覚えのあるクルマが止まっていた。昔親しくしていた1つ歳上の女性と同じクルマだった。親しくしていたとは、もちろん、そういうことなのだけれど。その女性とはちゃんと付き合うこともなく、しばらく身体の関係だけを続けていた。その人もバイセクシャルで、忘れられない男性への想いを抱えながら、私との関係を続けていた。その記憶も手伝って、なんとなく親近感を覚えてしまうと同時に、今回も上手くいかないかもなという想像が走った。
 
 
 
車の窓から中を覗いてみる。いかにも人妻風な女性がいた。こっちに気付くと、ニヤっと照れた表情で入ってという身振りをする。私は、ドアを空けて、遠いところすみません、と声をかけて、助手席に乗り込んだ。助手席に座ったとたん、かつて何度も乗ったことのある車だったことを切ないくらいに思い出してゾワッとした。恋愛が上手くいかない自分の記憶を再確認させられたような感覚だった。
 
 
 
そんな私の気持ちはもちろん、初めて会った彼女には気付かれることもなく。そのままコンビニエンスストアに寄って、彼女に、ビールやノンアルコールの甘いピンク色の飲み物やお菓子なんかをたらふく買ってもらい、自然と近場のラブホテルへ向かった。レズビアンじゃないノンケの女の人とホテルに行ったことがなかったので、どんな風に振る舞ったら良いのかさっぱり分からず、緊張していた。この辺りでは、ラブホテルは男女のカップルだけでなく、女子会とかカラオケ代わりに使われることもよくあったので、そんなに緊張しなくても良かったんだけれど。
 
 
 
部屋に入ると、大きなベットと小さなテーブルにソファとイスが置いてあった。恥ずかしさを隠すように、ベットは見ないふりをして、すぐにイスにちょこんと腰掛けた。とりあえず乾杯をし、軽くお互いのことを話したり、職場の愚痴なんかを聞きながら、適当に相槌を打っている間に、かなりの時間が経過していたと思う。その女性は、小学生の子どもが2人、そして、そこそこ仲の良い旦那さんがいるという。新築の一軒家に住んでいて、近所付き合いも上手くいっているらしい。いったい何のために、深夜に私なんかとこうして喋っているんだろう。当時の私には、女の人の幸せをすべて手に入れかのように見えるその女性の孤独など想像すらできなかったし、少し気持ち悪さすら覚えた。私は途切れなく次々と煙草を吸ってその場をしのいでいた。
 
 
 
早く帰りたくなってきた私の気持ちを察したのか、黙り込んだ女性は、私の目をじっと覗き込むように見つめてきた。さっきまでとは別人みたいに。淋しげで泣き出しそうな子どもみたいな表情にも見えた。かなり長い時間、視線を合わせたままでいた。
 
 
 
居心地の悪くなった私は、彼女を抱きしめることでバツが悪い気持ちをごまかしたくなり、彼女の隣に移動して、まるで子どもを抱きしめるように柔らかくそっと腕を回してみた。独身の若い女の子とはたしかに違う、子育てしているお母さんという感じの固い肉付きだった。彼女の生きてきた時間ごと、丸ごと身体全体でたしかめるかのように、抱きしめた。愛を確かめ合うハグというよりは、お互いを知るためのコミュニケーションのようなハグ。私は昔から、誰かといて緊張すると、その人の身体に触れたくなってしまう癖がある。触れる面積が多ければ多いほど、緊張がいくぶんか和らぐからだ。
 
 
 
しばらくすると、女性は私にすべてを預けても大丈夫だと判断したのか、ある瞬間からフッと力が抜けて、柔らかい女性特有のあの懐かしい質感に変化した。そう感じた私は急に彼女の身体が愛おしくなってしまうのだった。そして、彼女は、私の目を覗き込むのとほぼ同時に、軽く唇を当ててきた。照れるねと言いながら、またお互い顔が見えないような体勢に戻って、強く抱きしめ合った。二人とも体温が上がってて湯気でも出てるんじゃないかと思えた。暑くなりすぎたのでいったん身体を離し、あとは唇だけで繋がり、お互いの熱を確かめあった。
 
 
 
手持ち無沙汰になった手が、ヘンチクリンに思えてきて、彼女の首元や耳や頭を撫ぜてみた。再び彼女が寄せてきた身体がぴたりと私の身体にくっつき、もっともっとと、深い深い口づけを交わした。こういう時って、相手の身体に溶け込みたくなってしまう。溶けてひとつになってしまいたい衝動にかられるのだ。でも、どんなに近づいたってそれは叶わなかった。彼女と私は他人なのだ。溶け込めないと気付くととてつもなく寂しい感覚に襲われる。その寂しさを紛らわしたいという理由だけで、このまま流れるようにセックスを進める。とにかく、気持ち良くなれれば、そんな寂しさに気付かなくても良くなるから。
 
 
 
見ないふりをしていたベットに移動して、横になりまた抱きしめ合った。えっと、この後どうやるんだったっけ?と私は少し困ってしまった。ノンケの女性とセックスしたことがなかったからだ。私は本当の意味で彼女自身を見ていなかったし、彼女がいわゆる「トシウエ」の「ヒトヅマ」で「ノンケ」だという事実だけを見ていた。何者でもない彼女そのものを見ることができなかったし、見たいとも思えなかったのだ。なので、そこから先は上手くできなかった。まるで初めてセックスするかのような、ぎこちない動きで、淡々と熱のない手順を踏むだけだった。
 
 
 
緊張して飲み過ぎたのもあるのかもしれない。飲み過ぎるとだるくなるから、本当に好きな人じゃないと尽くすことができないみたい。身体はいつも正直みたいだ。彼女をなんとなく形式的に気持ち良くさせ終わって、きっと演技だったのかもしれないけれど、今度は、ぐったりしている私の身体に彼女は手を這わせはじめた。そのまま、彼女は懸命に、私を気持ち良くさせようと、全身をくまなく順番に丁寧に愛撫していった。その時、私は彼女のとてつもなく大きな愛、それは到底追いつくことのできないような圧倒的な愛を感じた。その愛というのは、私に向けられた類の愛ではなくて、孤独や絶望を知った者だけが知りうる種類の愛といえばしっくりくるかもしれない。聖母マリアのような大きな愛のエネルギーに包まれたような感覚だった。
 
 
 
恐ろしくなってしまった私は、その聖なる愛を消してしまうために、彼女が嫌がりそうな行為を次々に求めた。それでも彼女は正しい愛でもって、従順に従おうとする。どうしようもなくなって、さらに嫌がりそうな行為を無理に強制してみる。それでも、彼女は受け入れてくれる、それどころか、聖なる愛のエネルギーはさらに強さを増していくように思えた。ダメだ、こんなセックスをしていては、私はいつかきっと壊れてしまうかもしれない。
 
 
 
愛をちゃんと受け取ったことがなかった私は、呆然としてしまった。そんな気分をかき消したいがために、私はそそくさと絶頂を迎える準備をして、彼女を彼女として意識しないまま、まるで存在しないかのようにして、真っ赤に充血してはちきれんばかりに膨らんだ小さな部分を(まぎれもなく彼女がそういう風になるように気持ちよくしてくれたにもかかわらず)、乱暴に彼女の大切な身体をおもちゃのように使ってあてがって、自分勝手にただただ刺激を与えることで私は達した。それはとても機械的な作業のようにも思えた。それでも快感を感じてしまった自分には心底嫌気が差した。彼女の身体は、決して彼女だけのものじゃない。そんなことは冷静に考えれば分かったものだったけれど、とにかくそのときはそうするしかなかった。一方で、汚された彼女の表情は生気に満ちてキラキラとうつくしく輝いてもみえた。
 
 
 
こんなセックスは初めてだった。それまでは、好きという気持ちを優しくいたわりながら、丁寧に伝えて交換していくようなセックスをしていたのに。自分が愛を受け取れないという事実と向き合いたくなかった私は、それ以来、その女性とは連絡を取らないようにしていた。でも、しばらくすると、彼女からまたメールが来て、怖いもの見たさのような感覚だったのか、結局、また会ってセックスをしてしまった。2度目からは、彼女を気持ちよくさせることは一切しなくなった。それでも、彼女は私を一方的に気持ちよくさせ終わると、他愛もない愚痴とか世間話をたくさんして、満足して帰っていった。月に1度か2度は会うようになった。毎回、高速道路を使って1時間以上かけてやってきて、夜の9時頃から会って一方的なセックスとも言えない奉仕をし、大したことない話をして、時間が余ったらまたセックスをし、深夜の3時を過ぎると帰っていった。彼女はフルタイムで仕事もしていたので、翌朝も仕事だったというのに。なぜかホテルの料金も彼女が払ってくれていた。
 
 
私も麻痺してきたのか、次第にそんなおかしな逢瀬に慣れてきて、当たり前のように一方的に愛だけを受け取るようになっていた。1〜2年ほど続いただろうか?ある日、不思議と日常生活でも自然と人の愛を信じることができるようになっている自分がいることに気付いた。なぜなのかはわからない。身体が覚えたことが、そのまま気持ちまで変えてしまったのかもしれない。
 
 
以前より穏やかで、なのに強くなったような気がしていた頃、彼女とは自然と疎遠になってしまっていた。私にも新しい愛すべき人ができていた。そして、SNSで知ったのだけれど、彼女も以前とは人が変わったかのように、子どもたちや夫を愛してやまないお母さんキャラになっていた。もしかしたら、彼女は彼女で、本当に愛する人に愛を伝えるということが下手だったのかもしれない。そう思うと、今さらだけど、彼女が愛おしくなってみたりした。